真のスクールとは、ホメオパシーを通して真理を深究できることを云う

ホメオパスになるためにはホメオパシーの哲学や方法論のみを学んでも、土台となる人間として自己成長、ならびに職業的成長をして行かなければ、「頭でっかちの偏ったホメオパス」になってしまいます。ある学生が「私はホメオパシーを勉強しに来たのだから、それ以外の人間成長や自己を見つめることをここでやりたくはありません」と言いました。しかし、私は、これこそがホメオパスになるために一番大切なことだと考えます。
ホメオパシーの投げかける大きな問いかけは、「自然であれ」ということです。生命をその生命の持つ本来の自然さに戻すお手伝いをするホメオパスだからこそ、ホメオパシーの学びのなかで自分を本来の自分へと戻していく作業が必要だと思うのです。
自分の思う善悪に縛られずに自然の善意を見つめて行くこと、優越感を持たず自然を敬うこと、嘘をつ かず自分に正直にしていれば、必ずや人にも正直になるものです。よらば大樹の陰的な発想をやめ、少数になっても正しいことを正しいと言える勇気をもち、清く正しく生きる。物事を深く洞察し、何が今必要で、何が今不必要なのかを見極める力を養う。自分の中にある偉大な己を疑わず無意味に自己卑下をしない。直ぐに被害者になろうとせず、この世には被害者も加害者も救済する人もいないということを分かる。自分の弱点や悪い癖を知る。自分を見つめ、正していく勇気をもつ。
ホメオパシーの勉強とは、自分でない自分との葛藤の始まりです。この苦しみを乗り越えることなくホメオパスとして活動していくのは難しいと考えます。癒し糸の仕事は今ファッションになっているようですがそのような気持ちでホメオパスになるのならば、道のりは厳しいですよ、と言わなければなりません。天職というものは、お金のためというのでもなく、やりたいからやると言うのでもなく、それをせずにおられないというところからやるものです。
皆さんは、喜怒哀楽を出す人を大人げないと言いますが、湧き上がる気持ちを大人ぶって抑えるのではやせ我慢です。悪い事でも、湧き上がった気持ちはうまく排出させる事です。口に出さずとも、思った事は相手に通じるものです。そんな嫌な気持ちになった時こそ、自己を見つめるきっかけになります。「あの人のあの言葉になぜ私はひどく反応し、嫌悪したのだろう。ああ、そういえば私は自分の母に常にそのように言われていた」などと、思い当たる節は一杯出て来るものです。そのようにして自分を見つめて行く事が、そこから早く脱出する手掛かりなのです。
私達は、生きていくなかで、日々成長することができます。自分が生きていくなかで必要な職業(天職)を見つけ、日々努力をして行くのみです。一生勉強です。本当のホメオパシーの勉強は、自分を見つめ直す中にあると言っても過言ではありません。なぜなら、人生の苦しみにとらわれ、そこから病気になって行くからです。
痛みや苦しみは、人によって感じる度合いが違います。人生も全くその通りであり、たった一つのニキビに苦しみ、学校に行 かなくなる女学生、体じゅう癌に侵され余命幾ばくもないのに生きている事を有り難いと言うお婆ちゃん(この方は今も死なずに生きていますが)。考え方、心の持ち方一つで、どうにでもなるのですから、辛い時も病気の時もこれは気付かせであると良いように考える前向きな姿勢を持つことです。

さて、私がホメオパシーを勉強しようと決意したのは、長年患っていた潰瘍性大腸炎がホメオパシーで劇的に治ったのがきっかけですが、単に体が治っただけでなく、子供の頃以来ずっと忘れていた沸き上がるような圧倒的な爽快感、生命の躍動感というものを全身で感じたからです。その当時ホメオパシーカレッジで勉強していた日本人は私だけだったのではないかと思います。勉強は楽しくそして苦しいものでした。解剖学・生理学・病理学・・・そして無限に続くかと思われた医学の膨大な集積、ギリシャ語、ラテン語、古典英語と格闘しながら学んだマテリア・メディカ、レパートリー、オーガノン等の勉強は苦しかったものの充実感も格別でした。
しかし元々大変な医学の勉強に加え、言葉との格闘はやはり大変辛く挫折しかけたことも一度や二度ではありません。そのよう な私を見かねたのでしょうか、ある日、ロバート学長は「トラコ、君は言葉という大変なハンディを背負って大変だと思うけど、君には日本 にホメオパシーを広めていく大きな使命があるような気がする。しかしその種は良き種でなければならない。私も全力で応援するから早く一人前の良きホメオパスになりなさい」と挫けそうになる私を励ましてくれました。将来ホメオパシーを日本語で勉強できるようにしようと強く決意したのはその時でした。
今その念願を果たすことが出来て本当に嬉しく思っています。私もこの教育には全てを出し尽くす覚悟です。当時の恩師、ロバート・デービッドソン氏、デビッド・ハウエルC.P.H.M.(カレッジ・オブ・プラクティカル・ホメオパシー・ミッドランド校)学長、ウィリアム・ネルソン博士 をはじめとして、他の教授陣も当校の講師としてお迎えしております。
ところで、あまり英語ができなくてもイギリスでホメオパシーを学べるといっている方々がいますが、英語で学ぶのは本当に難しいというのが事実です。安心して英国にてホメオパシーが学べるように、2006年度からは通訳付きの英国本校を開校するとともに、英語コースを併設し、英語を学びながら本場英国にてホメオパシーを学べる環境を用意しました。留学して本場英国ホメオパスの講義を直接受講したいと考えている皆様にはこのコースをお勧めします。
また、私はクラシカルとプラクティカル(ネオクラシカル)の両方の学校に行きましたが、クラシカルとプラクティカルの垣根を越え、双方のよいところを取り入れRAH独自のカリキュラムを作り上げました。ゆえに、海外講師もクラシカルの人もいれば、プラクティカルの人も、スーパープラクティカルの人もいます。もし学長自身にドグマ(恐怖)があるならば、どうして学生たちは学長のドグマ以外のものを学ぶことができるでしょうか。一つの方法だけが正しくて真実であるという教えは、ホメオパシーとそれを使うホメオパスの可能性を閉ざしてしまうことです。このような中では正しいホメオパシーの教育はできません。
環境が変われば、人も変わります。人が変われば、方法もそれに合わせて変えなければ、ホメオパシーは現代の人には効いていかないでしょう。ハーネマンの教えを礎として、そこから発展させ、現代人に合うホメオパシーを興していくことが必要です。

ホメオパシー医学は時代と共に進んでいかねばなりません。特に予防接種人口95%、2003年の経口インフルエンザ薬は、世界で使われる50%(2005年はなんと80%)を日本人が消費しています。コルチゾン軟膏が処方箋なしで買える国。皆さんはこのような国民を相手としていくのです。単純化されたホメオパシー原理の美しさよりも、現実をみて、バイタルフォースが複雑化しているクライアントに合わせて、様々なアプローチを駆使し選択しレメディーを処方していかなければ、クライアントが治癒していくことはありません。言葉の美しさよりも現実にクライアントが治癒していくアプローチと処方ができるようになることが大切です。RAHの授業には常に臨床から得られた、最新の内容を取り入れ、クライアントを実際に治癒へと導くことのできるホメオパスを育生することに照準を合わせています。おそらくは、世界最先端のホメオパシー・カレッジであると自負しています。そして、私や他のホメオパスのケーステイク見学や、学生自身によるケーステイクへの アドバイスを通して、生きた教育ができると思っています。
海外のホメオパシー教育には、それぞれすぐれた点があります。しかし、同時にそれぞれ足りないところがあるのも事実です。国の第一医学がホメオパシーであるインドのネルーホメオパシー大学のコースのなかで、ホメオパシーの基本原理とマヤズム医学の教えは、とても充 実していました。さすがに4年制ホメオパシー大学であると感心させられました。どんなに革新的なホメオパシーのアプローチもホメオパシーの 基本原理の上に成り立っているのです。そのホメオパシーの基本原理をしっかり学ぶことがないなかで、いくら応用的なことを学んだとしても、 土台のない頭でっかちなホメオパスになってしまいます。また、メキシコのホメオパシー学校でのホメオパシーの原理、解剖・生理・病理学の教えは、さすがに先日亡くなられたオルテガ氏の恩恵が降り注いでいます。そして、人間が病気になるのは、病原体や心の問題だけではありません。スピリット的なサセプタビリティー(魂的なかかりやすさ)も重要であり、スピリット的な部分はマーチン・マイルズ氏、コリン・グリフィス氏、グラ ンジョージ氏の恩恵があります。RAHは、従来的なホメオパシーの教えはもちろん、これらの教え(ホメオパシーの基本原理、マヤズム医学、解 剖・生理・病理学、スピリット的な部分)を網羅し、更に医原病環境問題など現代に合わせたホメオパシーの教えを行います。すなわち、全ホメオパシー医学という学問の確立とその教育を目的とした学校です。









